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カーデザイナー転職遍歴 目次

最終更新: 6月18日

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(1)転職の理由

フランコさんは、現在に至るまで何度も転職をしている。 ヨーロッパでは、転職をすることは、その会社の 良いところを巻き取って、次へ移っていくキャリアアップ。 「日本では、ネガティブイメージなんだ。」 僕だって、彼の転職のたびに 「どうなっちゃうんだろう、僕たち」 と不安に思ったものだ。 イタリア人のフランコさんが、どうして転職をし、 日本で起業するに至ったか。 日本人には新鮮かもしれない・・・とネコ

(2)2社目 イタルデザイン

1991年5月フランコさんは晴れてイタルの一員となった。 南出身のデザイナーは、珍しい存在だったけれど、 外国人も多いから気にはされなかった。 スペイン人、韓国人、そして日本人も2人いた。 イタルで働くカーデザイナーは、常時12,3人くらいしかいない。 それだけの人数で、世界中のクルマをデザインしていた。 3プロジェクト並行は当たり前。一人ですべての工程をこなす。 「イタリア人は働かないって日本人

(3)GGから学んだこと

「デザインって“美しい”だけじゃダメなんだ。それに デザイナーは、アイデア技術者。アイデアから技術が 生まれることも多い。」これがフランコさんのベース。 今ではデザイナースキル必須のレンダリング。 そのレンダリングも、ジョルジェット・ジュジャーロには無用。 レンダリングは、嘘や誇張が可能だから、 インパクト勝負。実際のクルマは再度デザインし直すことになる。 それが「時間の無駄」。 プロ同士なら、ス