• SantilloFrancesco

(12)ホンダへ

 2年でイタリアに帰るはずが、気がつけば5年目を

迎えていたフランコさん。どうやらこの間に

ニッポンの子猫ちゃんと結婚していた!

「僕は結婚しない」と言っていたのに。

トヨタとの契約は5年が満期。その後どうするか。

フランコさんはトヨタに残って会社員として

がんばっていくか、独立するか、真剣に考えた。


独立は、デザイナーにとって理想であり目標。

デザイナーって「僕は僕」と堂々と言え、批判を受けても

落ち込まない人でなければつとまらない。フランコさんは、

よく言えば自我が強く芯が通っているけれど、

悪く言えばずうずうしくてわがまま。

飼い主に媚を売らない僕たちネコと同じ。

そんなフランコさんを受け入れたのは、

日本でも自由な社風で知られるホンダだった。

今回もトヨタ同様、プロフェッショナル契約社員。

社員を希望していたので、不満だったのだけれど、

ホンダには、フランコさんの大好きなバイクがあるし。


NEP-D

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(1)転職の理由

フランコさんは、現在に至るまで何度も転職をしている。 ヨーロッパでは、転職をすることは、その会社の 良いところを巻き取って、次へ移っていくキャリアアップ。 「日本では、ネガティブイメージなんだ。」 僕だって、彼の転職のたびに 「どうなっちゃうんだろう、僕たち」 と不安に思ったものだ。 イタリア人のフランコさんが、どうして転職をし、 日本で起業するに至ったか。 日本人には新鮮かもしれない・・・とネコ

(2)2社目 イタルデザイン

1991年5月フランコさんは晴れてイタルの一員となった。 南出身のデザイナーは、珍しい存在だったけれど、 外国人も多いから気にはされなかった。 スペイン人、韓国人、そして日本人も2人いた。 イタルで働くカーデザイナーは、常時12,3人くらいしかいない。 それだけの人数で、世界中のクルマをデザインしていた。 3プロジェクト並行は当たり前。一人ですべての工程をこなす。 「イタリア人は働かないって日本人