• SantilloFrancesco

(15)日本のカーデザインの現場2

もうひとつは、分業されすぎていること。

日本人は、なんでもコンパクトにしてしまうくせに、

コンパクトなものを作るのに、大きな組織を必要とする。

イタリアでは、デザイナーがアイデアからデザイン、

モデル製作、製品化まで関わる。

デザインをポンと渡してしまって変更されてしまうと、

デザイナーはその結果に責任が生じない。

「ボクのデザインと違うし」


「日本に来る前から気になっていたけれど、クルマ全体に

統一感がなくって、デザイナーの意思が感じられない。

それは、分業されすぎていて、デザイナーが製品化最後の

工程まで関わっていないから。

これでは、技術のことがわかるデザイナー、デザインのことが

わかる技術者がいなくなってしまうよね。」

イタルデザインが、単なるデザイナー集団ではなく、

モデル製作もセットで行う会社をコンセプトにしているのは、

ここにある。


NEP-D

http://www.nep-d.com

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(1)転職の理由

フランコさんは、現在に至るまで何度も転職をしている。 ヨーロッパでは、転職をすることは、その会社の 良いところを巻き取って、次へ移っていくキャリアアップ。 「日本では、ネガティブイメージなんだ。」 僕だって、彼の転職のたびに 「どうなっちゃうんだろう、僕たち」 と不安に思ったものだ。 イタリア人のフランコさんが、どうして転職をし、 日本で起業するに至ったか。 日本人には新鮮かもしれない・・・とネコ

(2)2社目 イタルデザイン

1991年5月フランコさんは晴れてイタルの一員となった。 南出身のデザイナーは、珍しい存在だったけれど、 外国人も多いから気にはされなかった。 スペイン人、韓国人、そして日本人も2人いた。 イタルで働くカーデザイナーは、常時12,3人くらいしかいない。 それだけの人数で、世界中のクルマをデザインしていた。 3プロジェクト並行は当たり前。一人ですべての工程をこなす。 「イタリア人は働かないって日本人