• SantilloFrancesco

(20)独立

「“この流れからみると次の行は「独立」と書きたいね。”と

僕の履歴書を書きながら子猫が言ったんだ。

独立なんて考えてことはなかったよ。

でも“独立”という言葉がはっきり頭に浮かんだら、離れなくなって。」


大胆な子猫ちゃん。


イタリアの場合、いいデザイナーはどんどん外に出て、

その会社のいいところを吸収しながらキャリアを積んでいく。

逆にキャリアのある人が流動することで、会社も成長していく。

しかしデザイナーはある時点で、積んだキャリアをどう活かすか

決めなければならないときが来る。


フランコさんはトヨタの契約が終了後、日本とフランスのメーカー

2社の試験に合格した。どこで独立するか。日本かフランスか、イタリアか。

「独立するなら日本で」

と強く思ったフランコさんは、ホンダに入社することを決意した。


「自分の本心に忠実に動いただけ。」

一人気張らず、時に流れに身を任せて進んでいるその道が、

自分の本当の進むべき道ということもあるのだ。


NEP-D

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(1)転職の理由

フランコさんは、現在に至るまで何度も転職をしている。 ヨーロッパでは、転職をすることは、その会社の 良いところを巻き取って、次へ移っていくキャリアアップ。 「日本では、ネガティブイメージなんだ。」 僕だって、彼の転職のたびに 「どうなっちゃうんだろう、僕たち」 と不安に思ったものだ。 イタリア人のフランコさんが、どうして転職をし、 日本で起業するに至ったか。 日本人には新鮮かもしれない・・・とネコ

(2)2社目 イタルデザイン

1991年5月フランコさんは晴れてイタルの一員となった。 南出身のデザイナーは、珍しい存在だったけれど、 外国人も多いから気にはされなかった。 スペイン人、韓国人、そして日本人も2人いた。 イタルで働くカーデザイナーは、常時12,3人くらいしかいない。 それだけの人数で、世界中のクルマをデザインしていた。 3プロジェクト並行は当たり前。一人ですべての工程をこなす。 「イタリア人は働かないって日本人