豪雨という災害
- SantilloFrancesco

- 8月15日
- 読了時間: 4分
千葉の豪雨災害 被害にあわれた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます
天災は忘れた頃にやってくる
私も26年前、名古屋で豪雨災害(東海豪雨)に遭いました
人口の多い名古屋がニュースの中心になりがちでしたが、
大きな河川のある岐阜、雨の多い三重県でも大きな被害が出ました
私はタクシーで帰宅しましたが、どこに行ってもアンダーパスにぶつかり
野並地区から出られない、という状況でした
被害が夕方だったため、帰宅時間を直撃しました
今であれば、ネットで情報がすぐに分かったことですが
当時は電話のみのため、駅にも正しい情報が随時伝わっていませんでした
私は当時御器所に住んでいて、勤務地最寄りの地下鉄鶴舞線で一本でしたが
鶴舞線が止まっているので、「バスで野並駅へ出て桜通線で御器所へ」と誘導され
行ったこともない野並へと向かうことになりました
実は、一番被害が大きかったのはこの野並だったことを着いてから知ることになりました
終点の野並駅前は、大げさではなく腰近くまで水位がありました
水は高いところから低いところに流れます
小さいけど川も近くにある
ただたまるのではなく、流れがあると非常に危険です
結構な勢いです 野並の駅から坂を上がるのも大変でした
この年齢では、無理だったかも・・・
・・・にもかかわらず、バスから降ろされてしまいました
当然、地下鉄は浸水していて動いておらず。。。
この時には携帯電話は持っていましたが、送受信できない状態でした
とりあえず坂を上って水の流れから離れましたが、私は野並という場所を全く知らないし、
さて、どうしよう、という状況で携帯が鳴ってびっくりしました
大阪出張中だったフランチェスコからでした
圏内からは送受信できない携帯も、圏外からの発信は受信できる、とこの時経験しました
(この経験が東北の震災の時にも役に立ちました)
「TVを見ていたら名古屋大雨でバスが屋根まで水没している。君はもう家にいるの?」
私はまさにその野並にいたのでパニック状態で応答
「近くに同じような困っている女の子たちはいない?声かけてタクシーを捕まえて」という提案に同調、「家に連絡したけど迎えには来られない」と困っていた3名の女子と協力し、
何台か目のタクシーに4名で乗せてもらうことができ、近い人から送り届けられました
最後に残ったのは私だけ。それも遠い。
私にとって本当にラッキーだったのは、そのタクシーの営業所が御器所より北(御器所を通って戻らなければならない)だったことと、ベテランの運転手さんだったので、道をよくご存じだったことです
「必ず無事にご自宅までお届けします ご安心ください」とも
8時間走り回った最後は、えいや!でアンダーパス走り抜け、朝の4時に帰宅できました
これは、通れたから結果オーライでしたが、動かなくなっていた可能性もありました
ただ運転士さんは、アンダーパスの先に警官がいることを確認したうえで
そこを選んだのです
万が一、目の前で水没すれば、すぐに助けてもらえる、と
いや、ダメですよ本当は
でも、ガードレールから水位を図って「通れる」と判断したと
私は、ラッキー以外の何者でもなく帰宅できたのです
今回の千葉豪雨では車水没が目立ちました
車での移動はダメ、ということですね
電気系統が水でやられると、窓も開けられない
ドアなんて、スライドドアでも水圧で開かない
ガラス割るやつ、車に入れておかなきゃ
岐阜に店があった母も帰宅時間に名鉄が止まり、帰れなくなりました
息子(私の弟)に「車で迎えに来て」と電話し、心配した弟はすぐに車を出しましたが
数百メートルのところで水没。。。廃車となりました。。。
母はというと、「迎え遅いからー」とホテルで一泊
初めからそうしておけって。。。
携帯があっても、三者が互いの現状を全く知ることができない状況でした
今はスマホでメッセージが送れます
また、位置情報も役に立ちますね
いくら、家で災害に備えをしても、その災害が起きた時にどこにいるかはわからない
財布や身分証明は持っていなくても、スマホは必須ですね


