フランチェスコ・バルデッサリ氏によるイタリア人から見た日本「戦国時代」
- SantilloFrancesco

- 10 時間前
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「戦国時代」をテーマに、カフェ「The Garage」にてフランチェスコ・バルデッサリ氏(サンティッロじゃないです)によるレクチャーを開催します。日本に長く住むイタリア人が考察する日本の歴史。 コーヒーやケーキを楽しみながら、フランチェスコ氏のお話に耳を傾けてみませんか? 7月21日(火)の午後2時より、鎌倉(常盤)の「The Garage」にてスタート
今日はとても楽しく興味深いお話ができました。フランチェスコ・バルデッサリさんが、戦国時代の146年にわたる終わりのない戦いについて解説してくれました。

戦国時代とは、応仁の乱から豊臣終えんまで と言われています
バルデッサリ氏はこれは「Clanの戦い」であり、覇権争いのために150年近くも続いたのだ と
Clan(クラン 氏)って何? 日本のClanは氏(氏)を指し、例えば平、源などで血族を表す集団で、朝廷から与えられたものでした
だから平清盛、源頼朝は、たいら”の”きよもり、みなもと”の”よりともと「の」が入るんだ、「平氏」「源氏」「藤原氏」「橘氏」の「四姓(しせい)」 所領や居住地の名前を取った苗字だと、「の」は入らない、確かに
応仁の乱で朝廷と有力守護家の家督争いが重なって、組織が疲弊、弱体化 在地の者を家臣として遠く京都から支配しているだけの守護大名は応仁の乱で力衰え、領地に目が向かなくなったところに、実際に領地を管理していた守護代(守護大名の代理)や国人(武士)が、これまでの不満を爆発させた、ということでしょうか
これまでの慣習だと、守護代は守護代の、国人は国人のまま 「下剋上」で守護大名から覇権を奪取して実際の統治者なろう(戦国大名)と思うのは、今それがチャンスなのだ、と行動を起こすのは必然だったのでしょう
今川、武田、織田が台頭し、武家出身ではない豊臣秀吉が天下統一する、という流れにつながり、その豊臣が衰退し、松平から徳川に改姓した家康が江戸幕府初代将軍になる、という・・・
改姓理由とした源氏系譜は事実であったかどうかは甚だ疑問
松平から徳川に改姓も朝廷に認めさせたのも「Clanの争い」の象徴
イタリアのClanは、日本のような政府から与えられるものではなく、貴族、領主の一族で名門家、メディチなど
ローマ帝国以降は外国からの外圧による地方都市国家だったので、Clanの争いの範囲やレベルも日本とは異なります
イタリア人からすると日本の「戦国時代」の流れは特に興味深いのかもしれません
フランチェスコ・バルデッサリ氏による次回のレクチャーが、8月3日午後2時よりここ「The Garage」で開催されます。テーマは「浪人」です。
当日はケーキとエスプレッソをご用意しております。
参加をご希望の方は、ぜひお知らせください。
よろしくお願いいたします。







